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脳神経外科の特長とその取組5

[2017年8月22日]

ID:305

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脳神経外科の特長とその取組5

水頭症に関して

脳神経外科 部長   中久木卓也

はじめに

  ”うちのおじいちゃんが、「最近、調子悪くて。去年は大丈夫だったんだけどだんだん歩きにくそうで、ボーとして認知症が入っているようだし、オシッコも間に合わないのよ。もうトシかしら。」 こうした会話はひょっとすると身近にありふれているのかもしれませんが、「トシのせい」で済まされている可能性が大いにあると思われます。もちろんトシのせいの人もたくさんいますが、中には治る可能性のある人も混じっています。      

  日本においては、現時点で4人に1人が65歳以上であり、これが10年後には3人に1人となる、いわゆる超高齢社会に突入しています。80歳、90歳でも元気なヒトはたくさんおられますが、認知症や歩行障害、尿失禁があると著しく日常生活の質が低下し、本人だけでなく周りも苦労することとなります。そうした現状に我々脳神経外科医ができることは限られていますが、手術によって症状が良くなる病気を見つけて適切に治療することで少しでも貢献できればと思っています。脳神経外科手術で治る認知症の代表は、慢性硬膜下血腫、水頭症であり今回は水頭症を取り上げます。 

水頭症とは

 脳は脳(のう)脊髄(せきずい)液(えき)という液体の中をプカプカと浮かんでおり、衝撃が頭に加わっても緩衝されるようになっています。脳脊髄液は脳の中にある脳室の脈絡(みゃくらく)叢(そう)から産生(さんせい)され、脳と脊髄の周りを循環し脳の表面から吸収されるというサイクルを繰り返し日々新しくなっています。

 通常は産生される量と吸収される量のバランスが取れているので脳と脊髄の周りにある液体の量は一定になっています。水頭症とは、この循環が崩れ、頭の中に余分に水が溜まった状態と考えて良いでしょう。原因としては、髄液の通り道が細くなり、詰まることで頭に脳脊髄液が溜まる非交通性水頭症、通り道は問題ないのですが吸収が悪くなり、脳脊髄液が貯留する交通性水頭症の2つに分けられます。また脳出血、くも膜下出血、脳腫瘍、頭部外傷など原因疾患が明らかな続発性水頭症と、原因がはっきりしない特発性水頭症に分けられます。典型的には(図(1))のような脳の画像所見となります。

 幼児期では主に先天奇形に伴い発症し、成人では続発性水頭症が多く、次いでさらに高齢になると特発性水頭症がみられるようになります。

水頭症の画像所見
特発性正常圧水頭症の症状

特発性正常圧水頭症

 今回は水頭症の中でも高齢者にみられる特発性正常圧水頭症に関して説明します。この疾患は高齢者認知症の患者の原因疾患の5%から10%を占めると言われており、近年注目されています。水頭症の分類で言えば、原因がはっきりしないもの(特発性)であり、交通性で髄液圧は高くない(正常圧)のものになります。

 どのくらいの頻度の疾患かはまだ不明な点も多いのですが、高齢者の約1%と推定されています。 

特発性正常圧水頭症の症状

 主な症状は図(2)のような歩行障害、認知症、尿失禁です。冒頭のおじいちゃんはまさにこれに当てはまるかもしれません。高齢者になるとさまざまな合併症があり、中にはこれらの症状を呈する他の疾患が原因の場合もあるので次に述べる診断が大切になります。 

特発性正常圧水頭症の診断

 CTやMRIで脳室拡大があり、髄液の交通を妨げるもの(例、腫瘍、出血など)がなく交通性の水頭症が疑われた場合には、いきなり手術をするのではなくタップテスト(図3)という手術前検査を行います。脳室が大きくても中には水頭症ではない場合や手術の効果が期待できない場合もあり得るからです。当院では2日から3日の入院で行っています。最初に認知機能、歩行の状態を検査したのち、腰椎穿(ようついせん)刺(し)といって腰に細い針を注射して脳脊髄液を排出させます。その後、もう一度同様な検査を行い、症状の改善があるかどう評価します。ここで何らかの改善があれば正常圧水頭症の可能性が高く次の段階として、いよいよ治療になります。

タップテストの実際の図
シャント手術の種類

特発性正常圧水頭症の治療

 特発性正常圧水頭症の病態は、脳の中に余分な脳脊髄液が貯留することであり、これを脳以外に逃がしてあげれば良いわけです。そのための方法としてさまざまなシャント手術が行われます。

(図4)               

 中でも脳室(のうしつ)腹腔(ふくくう)短絡術(たんらくじゅつ)、腰椎(ようつい)腹腔短絡術が行われることが多いです。どちらも良い方法ですが、前者はやや確実性が高く後者は小さなキズで体の負担が比較的少なく済みます。器具は細いチューブと髄液の流れる量を調整するバルブの組み合わせになります。調整するバルブもどんどん進化しており、埋め込んだ後に簡単な操作でダイヤル調整で流れを変えることができますし、MRIに影響されないものもあります。一旦、埋め込むとトラブルがない限り、永久に埋め込んだままにしますが、見た目にはほとんど分からず入浴や運動なども差し支えなくできます。

 手術による症状改善率は歩行障害が一番高く、60%から90%、認知症では30%から80%で尿疾患では20%から80%の改善率と言われています。 

手術の合併症

 手術自体は比較的危険性が低い手術ですが、手術自体による重度の合併症は約3%と報告されています。手術後の合併症としては、シャントの閉塞、感染、髄液排出が多すぎることによる硬(こう)膜下血腫(まくかけっしゅ)などがあります。その多くは適切に対処することで改善しますが、再手術を必要とする場合もあります。術後経過が特に問題なく退院した後も、定期的に症状、画像を外来でチェックしてトラブルがないかを診ていきます。 

まとめ    

  水頭症は適切な治療が行われれば治る可能性のある病気です。認知症の原因の一つでもあり高齢者のADL(基本的日常生活動作)を低下させる特発性正常圧水頭症は、確実な診断治療で症状の改善が期待できる疾患です。思い当たる節があれば「トシのせいに」せずに一度調べてみることをお勧めします。